平和を願って

相内です。

仙台を拠点にワークショップの企画運営や

ファシリテーション、コーチングなど、

人が前進するための場作りを行っています。

 

ぼくは毎月10冊ほど本を読んでいますが

この数年、8月だけは、

必ず戦争についての本を数冊読むようにしています。

 

今年はこの2冊を読みました。

 

 

同じ戦争というテーマを扱った本ながら、

一方では個の生命に対しての愛や尊厳が感じられるエピソードが描かれ、

他方では個の生命を蔑ろにし冷徹に扱ったエピソードが続きました。

 

それらは、

私が抱いていた

「日本軍は兵士の命を省みない」

というイメージを緩和させると共に

 

私が嫌悪してきた戦争の悲惨さ、

理不尽さへの怒りをより強くさせました。

 

それは、奪われたひとつひとつの命に、

大切な家族や夢や未来があったはずなのに、

なぜ人の命を命とも思わないような扱いをすることができたのか

に対しての怒りです。

 

娘が生まれてからというもの

愛する家族との別れの悲しみはいかほどだったかと

以前よりも痛烈に感じています。

 

この子を守るためと思えば

戦争には行けたかもしれません。

 

でもいざ戦地に赴けば、

どうやったらもう一度無事に娘と会えるかしか

ぼくには考えられなくなってしまうと思います。

 

そして、同様の想いを持った方々が、

どれほど多く、異国の地で命を散らせてきたのか。

そのことを思うとやりきれません。

 

また、この夏、

ふいに流れて来た森山良子さんが歌う

「さとうきび畑の唄」に耳を傾けました。

お父さんに会ったことがない娘の心情を聞いているうち、

思わず涙が零れました。

 

旅立つ側も、残された側も、悲しみに暮れ、苦悩する。

73年前の日本では、

310万人もの方々が戦火に没したのです。

私たちはそうした犠牲のうえに今の日本があることを

忘れてはいけないと思います。

 

そして、同様に、

日本軍が奪った他国の方々の命や生活があったことも。

 

今年の終戦記念日は、

まだ戦争のことを何も知らない2歳の娘が一緒に黙禱を捧げてくれました。

普段はおてんばでなかなか言うことを聞いてくれないのですが、

テレビで流れる厳粛な空気に何かを感じていたようです。

 

遠い他国では未だに戦争が無くならず

人が人を殺め、悲劇や苦悩を生み続けていますが、

娘が大きくなるころには、

この世の中から戦争が無くなっていることを切に願います。

そのためにぼくにできることを、

一つでもやって行こうと思っています。

 

戦争で亡くなられた方に追悼の意を込めて。

 

相内 洋輔

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