探究のきっかけ
スポンサーリンク

場作り屋の相内です!

仙台を拠点にワークショップの企画運営や

ファシリテーション、コーチングなど、

人が前進するための場作りを行っています!

 

先日、駅までの道を歩いていると

右ひざが曲がらず

足を引きずるように歩くおばあさんが

まだヤンチャな様子が残る柴犬に連れ回されていました。

 

おばあさん、辛そうだな。

その光景を後ろから眺めた時

ぼくの中に湧いてきた素直な気持ちです。

 

しかし、それは全くの間違いだったのです!

おばあさんはとてもニコニコしながら

犬との散歩を楽しんでいました。

 

つくづく、

他者の気持ちを勝手に解釈しては物事を見誤る

と学びました。

自分の常識に基づいた'妄想'

ぼくの家には女の子のポメラニアンがいます。

我が家のポメラニアン

ポメラニアンでさえ

散歩となればとてもパワフル!

リードをグイグイ引っ張ります。

ましてや遊びたい盛りの柴犬であれば

そのパワーは相当でしょう。

 

そうした背景が、

前方のおばあさんはただでさえ歩くのが難しそう

狭い道をヤンチャな犬と散歩するのは

きっととても苦痛に違いない。

と私に思わせるに至りました。

 

きっと多くの人が、

同じように思って不思議ではない光景だったと思います。

スポンサーリンク

予想もしていなかったおばあさんの笑顔

しかし前述したように、

私の予想は全くの大外れもいいところでした。

 

追い抜きざまに目をやると、

おばあさんはとっても楽しそうな笑顔を浮かべていました。

お顔の詳細まではもう思い出せませんが

とても柔和な雰囲気が印象的な方でした。

 

ああ、やってしまった。

 

その表情やお姿を拝見した瞬間、

まるで雷に打たれたかのようにゾッとしました。

 

他者の気持ちを

自分の普通に照らし合わせて

勝手に解釈してはいけない。

 

コーチングを学ぶ過程で

何度も教わったことですが

自分の頭はこうして反射的に

物事を歪めて捉えてしまうんだということを

まざまざと見せられました。

スポンサーリンク

私の世界で起こっていたこと

歩くのが難しそうなおばあさんと出会った時、

ぼくは、おばあさんの足はきっと痛いんだろうなと思いました。

 

ですがおばあさんの足が痛いかどうかは

よくよく考えると定かではありません。

 

何らかのご事情で真っすぐには伸ばせないけど

痛みはない状態であることも十分に考えられます。

 

また、歩くのが辛そうとも感じましたが

これも現実かどうかは分かりません。

 

もしおばあさんが生まれた時からこうした歩き方だったとしたら

ごく普通のこととしてお考えかも。

 

柴犬のリードを引くの大変だろうなあと思ったことも

足が悪いと踏ん張りがきかないだろう

と解釈したためです。

 

ですがこちらも

膝が曲がらないだけで

踏ん張りはきくかもしれませんよね。

反射的に湧き上がってくる妄想から離れ現実を扱う

とはいえ我々人間はどうしても

過去の経験や自分の常識から

反射的に物事を判断してしまうものです。

 

ぼくはそれ自体が悪いことだとは思いません。

なぜなら我々人間の祖先は

こうした回路を発達させて来たことで

過去の経験から最適と思われる解を瞬間的に判断し

種を存続させ続けて来たと思うからです。

 

ですが今は、

たった1つの瞬間的な判断を誤ると生死に関わるような社会ではありません。

 

むしろ軽率な行動を取ることのほうがリスクで

目に余る行為は

SNSなどを介してすぐ叩かれてしまいます。

 

そのため現代では冷静になって

自分の常識は本当に正しいのか

自分は目の前に起こっていることを

正確に捉えているのか

自分の反射的な解釈が

大きな間違いや損失を生まないかを

一歩立ち止まって考えられることは

とても重要な習慣かもしれません。

 

特に他者とのコミュニケーションにおいては

その人がどんなことを意図しているのか

できる限りその形のままで受け取ることが重要です。

 

ぼくも改めて

他者に自分の常識を通して接すぎないよう心がけようと思った

とても学びに満ちた出来事でした。

 

 

自戒を込めて!

 

人生を自分らしく!

相内 洋輔

スポンサーリンク

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事