他者の気持ちを勝手に解釈することから生まれる損失

場作り屋の相内です!

私は仙台を拠点にワークショップの企画運営やファシリテーション、

コーチングなど、人が前進するための場作りを行っています!

 

先日、駅までの道を歩いていると、

右ひざが曲がらず、

足を引きずるようにしてしか歩けないおばあさんが、

まだヤンチャな様子が残る柴犬を散歩させているシーンに出くわしました。

というよりかは、犬に連れ回されていました。

 

おばあさん、辛そうだな。

その光景を後ろから眺めた時に感じた、素直なキモチです。

 

しかし、それは全くの間違いだったのです。

つくづく、

他者の気持ちを勝手に解釈しては物事を見誤ると学びました。

 

自分の常識に基づいた解釈だらけの判断

私も犬を飼っているのですが、

4~5キロのポメラニアンでさえ、

グイグイ引かれると踏ん張らずには耐えきれないほどのパワーを持っています。

 

しかも我が家の犬はリードを持つ手を引きちぎって、

車がひっきりなしに走る車道へと駆け出してしまった過去があるので、

散歩の度に細心の注意が必要です。

 

あの時は全身から血の気が引くように怖かったですし、

犬を助けたいと左右も確認せず車道へと飛び出した自分の反射的な行動にゾッとしました。

我が家のポメラニアン

ポメラニアンでさえ大変なのに、

遊びたい盛りの柴犬のパワーは相当でしょう。

飼い主の意図に反して道路へ飛び出してしまうリスクも多分にあると思われます。

 

前方のおばあさんはただでさえ歩くのが難しそうだし、

こんな狭い道をヤンチャな犬と散歩するなんて、

きっととても苦痛に違いない。

 

私は過去の体験や自分の常識から、反射的にそう思ったんですね。

きっと多くの人が、同じように思って不思議ではない光景だったと思います。

 

予想もしていなかったおばあさんの笑顔

しかし私の予想は全くの大外れもいいところでした。

 

追い抜きざまに目をやると、

おばあさんはとっても楽しそうな笑顔を浮かべて、額に汗を煌めかせていました。

お顔の詳細まではもう思い出せませんが、とても柔和な雰囲気が印象的な方でした。

 

ああ、やってしまった。

 

その表情やお姿を拝見した瞬間、

まるで雷に打たれたかのようにゾッとしました。

 

他者の気持ちを、

自分の普通に照らし合わせて勝手に解釈してはいけない。

 

コーチングを学ぶ過程で何度も教わったことですが、

自分の頭はこうして反射的に物事を歪めて捉えてしまうんだということを、

まざまざと見せられました。

 

 

私の世界で起こっていたこと

歩くのが難しそうなおばあさんをと出会った時、

私は、おばあさんの足はきっと痛いんだろうなと思いました。

 

ですがおばあさんの足が痛いかどうかは、

よくよく考えると定かではありません。

 

何らかのご事情で真っすぐには伸ばせないものの、

痛みはない状態であることは十分に考えられます。

 

また、歩くのが辛そうとも思いましたが、これも現実かどうかは分かりません。

もしおばあさんが生まれた時からこうした歩き方だったとしたら、

歩くことを辛いと感じていないかもしれません。

 

柴犬のリードを引くの大変だろうなあと思ったことも、

足が悪いと踏ん張りがきかないだろうと解釈したためです。

 

ですがこちらも、

膝が曲がらないだけで踏ん張りはきくかもしれません。

 

(恐らくほとんどの確率でないでしょうが)

腕力がとてつもなく強いおばあさんであった可能性もあります。

そうであれば、上半身だけで元気な犬を屈服させられたかもしれないのです。

 

私は何も現実の中で物事を判断していませんでした。

 

反射的に湧き上がってくる妄想から離れ現実を扱う

とはいえ我々人間はどうしても、

過去の経験や自分の常識から、

反射的に物事を判断してしまうものです。

 

私はそれ自体が悪いことだとは思いません。

なぜなら我々人間の祖先は、

こうした回路を発達させて来たことで、

過去の経験から最適と思われる解を瞬間的に判断し、

種を存続させることができたのだと思うからです。

 

ですが今は、

たった1つの瞬間的な判断を誤ると生死に関わるような社会ではありません。

 

むしろ軽率な行動を取ることのほうがリスクで、

目に余る行為はSNSなどを介してすぐ叩かれてしまいます。

 

そのため現代では冷静になって、

自分の常識は本当に正しいのか、

自分は目の前に起こっていることを正確に捉えているのか、

自分の反射的な解釈が大きな間違いや損失を生まないかを、

一歩立ち止まって考えられることは、

とても重要な習慣かもしれません。

 

特に他者とのコミュニケーションにおいては、

その人がどんなことを意図しているのか、

できる限りその形のままで受け取ることが重要です。

 

私も改めて、

他者に自分の常識を通して接すぎないよう心がけようと思った、

とてもコーチャブルな出来事でした。

 

 

過去にこれと近いことを記事にしていたので、よろしければこちらもご覧くさい。

事実と解釈を切り離せば悩みの大部分は消える!

 

人生を自分らしく!

相内 洋輔

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