級友への感謝をこめて。
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場作り屋の相内です!

仙台を拠点にワークショップの企画運営や

ファシリテーション、コーチングなど、

人が前進するための場作りを行っています!

 

ぼくが仙台第一高校の2年生だった頃

ぼくの家に億単位の借金がありました。

お金が無いことによって

どんどん家族の人間関係が壊れて行き苦しい日々でした。

 

億単位の借金によって家族関係が壊れ腐っていた高3の自分が変われた「ある一言」とは

という記事に書かせていただいたのですが

あの頃は幸せそうな級友と関わるのが嫌で

薄暗くてカビ臭い部室にこもり

1人でひっそりとお昼ごはんを食べていました。

 

寂しくもありましたが

当時の自分にとってはそれが心地よかったんです。

 

こうした日が数カ月続いた頃

ある一人の同級生との出会い

によって私のぼっち暮らしは急変しました。

 

辛かった高校時代を語る時は

恩師の一言ばかりを中心に話して

彼とのエピソードはこれまで話さずに生きて来たのですが

彼への感謝を込めて、ブログに書いてみることにしました。

転機の瞬間は突然に

陽射しが柔らかくなり

長袖のジャージを着ていれば充分に暖かかった高校3年生の春。

 

ぼくは相変わらず

一人で部室にこもって昼食を食べていました。

 

硬式野球部を辞めてからとりあえず入った

軟式野球部の部室です。

 

その頃は練習には参加していなかったので

昼ご飯を食べる場所を得るためだけに所属しているような状態でした。

 

コンクリートブロックを積み上げ

屋根をつけただけの雑な造りだった部室

 

冬は寒くて寒くて

コートを着込んで震えながらご飯を食べていました。

 

決してくつろげる環境ではないので

居心地は良くありませんでしたが

必然的に、用がある人しか来ません。

誰かに見つかる可能性がかなり低いという点では

とても好都合な場所でした。

 

それが桜の時期を過ぎた頃にはすっかり暖かくなって

あの日はついつい油断していたんです。

 

ぼくは部室のドアを開け放って

お昼を食べていました。

 

いや、思い返せば

そろそろ誰かに見つけて欲しい

という気持ちもあったかもしれません。

 

自分から外部との関係を断つこと

はとても簡単でしたが

 

自分からもう一度

人の中に入って行くことには

とても高い壁を感じ始めていた頃でした。

 

「オマエいつもここで一人でご飯食べてんの??」

 

突然ドアのほうから声がし

驚いて見上げると

すらっと背が高く

場を盛り上げるのが得意なクラスメイトが立っていました。

彼も自分の部室に用事があって偶然通りかかったのでしょう。

 

マジかよ?

彼の顔には驚きが映っているように見えました。

 

ドクンドクン・・・。

突然の来訪者に

心臓の鼓動が速くなったことを今でも覚えています。

 

「う、うん・・・」

 

「そっか。そしたら明日から一緒に食べようぜ?」

 

え・・・!?

 

引かれるでもなく

見てみぬふりをされるでもなく

憐れみの気持ちを向けられるでもなく

ものすごく自然なトーンでニコっと微笑んで

彼はそう言ってくれたのでした。

 

まさに青天の霹靂。

 

暗い部室の中から見上げた彼の姿は

春の陽光に照らされて

キラキラまぶしく見えました。

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クラスでの居場所

次の日、

ぼくは久しぶりに教室で昼ごはんを食べました。

 

前の日に声をかけてくれた彼と

その仲間数人が一緒でした。

 

みんな人のことをあれこれ詮索したりとか

マウントを取りに来るようなことの無い気のいいやつらで

くだらない冗談や男子高校生らしい下ネタで盛り上がっている空気が心地よかったです。

 

久しぶりに人の輪の中にいたので緊張しましたが

同時にとてもほっとしました。

 

この広い世界でぼくは、たった一人。

誰もこの辛さを分かってくれない。

 

そう思って級友から遠ざかることを選んだものの

このまま独りで殻に閉じこもっていても希望はなさそう

ということには薄々気づいていました。

 

でもなかなか自分から行動を起こすことは難しくて

どうしたらいいんだろうか

と迷っていた最中だったので

一緒にご飯食べようと言ってくれたことは千載一遇の好機でした。

 

べたべたとずっと一緒にいたり

頻繁にメールを交わしたり

悩みを打ち明けたりするということはありませんでしたが

 

クラスの中に話しかけられる人がいて

自分の居場所があるという安心感があったからこそ

放棄してしまっていた勉強にも

すんなりと向き合うことができたと思います。

 

高校を卒業した日はみんなで集まってカラオケをした後

友達のうちに泊まって朝まで羽目を外して過ごしました。

 

高校時代は暗黒だな・・

転落もいいところだ・・・。

(というかこれからも・・・・?いつまで・・・?)

 

と思って過ごしていた自分にとって、

こんな風にハッピーエンドを迎えられたことはすごく嬉しかったです

 

それだけに

彼にはちゃんとお礼を伝えておけば良かったと

何度も何度も思いました。

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信じられない報せ

高校を卒業してからしばらく経った頃

耳を疑うような連絡を受けました。

 

ぼくに手を差し伸べてくれた彼が

予備校へ向かう途中で急に倒れて

そのまま帰らぬ人となったという報せでした。

 

今思い返してみても

誰からどうやって連絡を受けたのか

それがいつだったのか

全く記憶が抜けてしまっています。

 

参列したお通夜では

気持ちに整理がつけられなくって

取り乱してしまいました。

 

ご家族の方々や

参列した友人たちには申し訳ない振る舞いだったなあと

この10数年ずっと後悔が残っています。

 

彼の一言のおかげで居場所ができて

もう一度勉強に打ち込めて

高校生活のいい思い出が出来て

そして大学にも入れて

いい仲間に恵まれて

人生が前向きに動き始めていました。

その矢先に、まさかこんなことが起こるなんて。

 

もしあの日

開けた部室のドアの前を通ったのが彼でなければ

きっとぼくは、今とは違う人生を歩んでいたと思います。

 

でも当時のぼくは、

自分の気持ちを素直に表現することがどうにも照れくさかったし

家に借金があって大変だということも恥ずかしくて

周囲には何も語っていませんでした。

 

だから彼には

ぼくが置かれていた境遇のことも

そこから引きずり出してくれたことへの感謝も

ちゃんと伝えていなかったんです。

 

いつかきっと。

そう思っていました。

 

まさかそれが叶わなくなる日が来るだなんて

想像したこともありませんでした。

15年越しのありがとうを伝えに

それから月日は流れて

彼のことを思い出す機会は徐々に減って行きました。

 

ただふとした瞬間に

ああ、彼にちゃんとお礼を言いたかったなあ

という思いが湧いてきて、その度に後悔が蘇る15年間でした。

 

このままずっとこうなのだろうか。

 

そう思っていた折に

ずっと通っていたコミュニケーショントレーニングネットワークの講座にて、

はっと気づいたんです。

 

彼にはもう直接お礼を言うことはできない。

それに固執していたらいつまで経ってもこの後悔を手放すことができない。

でも、彼にお礼を言いに行くことはできるんじゃない?

 

例えばお仏壇の前や墓前などで、

彼を思いながら、彼に語りかけてみては。

 

そうしたら何か違いが生まれるんじゃないか?

 

日付を遡ってみると

この案を思いついたのは2017年の9月27日でした。

 

それからなかなか勇気が出せずに

1年半も経ってしまったのですが

今日やっと卒業アルバムに掲載された住所を頼りに

彼が生前住んでいた家を訪ねてみることができました。

 

突然お邪魔したらご迷惑だろうか。

 

不安に思いながらナビが示した住所へ車を向けると

そこには1件のアパートがありました。

 

卒業アルバムの住所は地番で終わっていて

部屋番号は書いていません。

 

建物の風貌から察するに

私たちが高校を卒業した年には

既にここにあったとみて間違いなさそうです。

 

あれ?

部屋番号は・・・?

 

不思議に思って卒業アルバムを眺めると、

他の卒業生や私の住所には部屋番号が書かれています

きっと彼は意図的に書かなかったのでしょう。

 

この抜け感が彼らしいなと懐かしく思いつつ、

最後の可能性として郵便受けの名前を見てみたのですが、

彼の名字は書かれていませんでした。

 

そこで彼のご実家へ伺うのは諦めて

建物の前でお辞儀をしながら

彼への感謝を心のなかでつぶやいてみました。

 

ちゃんとお礼を伝えられていなかったこと

本当に助かったし嬉しかったこと

その後の人生を真っ当に生きられていること

 

心の中で彼に話しかけるうち

 

「なんだよ、そんなこと気にしてたの?ぜんぜん気にしなくていいのに笑」

「あの日はなんとなく声をかけただけだし、そんな感謝とかしなくっていいし!」

「今が上手く行ってるなら良かったよ」

 

彼が話している様子が

ありありと浮かんできました。

 

きっと彼ならイタズラっぽく笑いながらさらりとこう言って

私の心を軽くしてくれたと思うんです。

「バカっ、照れるだろ?」とかって言いながら。

 

そこで、彼の器の大きさに改めて気づきました。

 

と同時に更なる感謝の気持ちと

ぼくもこういう人になりたいな

という気持ちが湧き上がってきて

優しい気持ちに包まれながら家に帰ってきました。

 

ありがとうを伝えに行ったのはずなのに、

また、借りが増えちゃったなぁ。

人はほんの少しのきっかけで劇的にシフトする!

さっぱり希望が見えなかったぼくの高校時代。

シンプルな一言から私に居場所をくれた彼には

とてもとても感謝しています。

ありがとう。

 

こうした経験をさせてもらったぼくが感じるのは

 

どんな苦境にあったとしても

すぐ側には大きく状況が変わるきっかけが潜んでいて

そのきっかけは思いもよらずに開くかもしれない。

 

そしてそこから

人生が劇的にシフトするかもしれない。

ということです。

 

先日ふと

人がやりたいことを探すことを手伝ったり

モヤモヤしてる人の話しを聴いたり

めんどくさくならない??

 

と聞かれたんですけど

私は全然めんどくさくなりません。

 

それはきっとこうして自分が

様々なご縁の中で

進む道を示されているかのように生きて来れて

そのシーンごとに話しを聴いてくれた人

諭してくれた人がたくさんいたから

自然とそう思えているんだと思うのです。

 

だから私はこれからも

人生を素晴らしくシフトさせる人がたくさん現れるよう

人が前進するための場を創ることに

自分の時間を使い続けようと思っています。

 

今日初めて

彼と心の中で会話ができたことで

決意が新たになりました。

 

これまでのご縁に感謝を込めて。

相内 洋輔

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