イチロー最後の雄姿
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相内です。

huluでイチローの試合を見ながら

既に涙が止まりません。

 

8回表のバッターボックスで凡退した時

このまま同点で延長になれば

もう一度チャンスがあるかもしれない!

 

と期待を込めたのですが

お別れの時は突然やってきました。

もっと見たかったし

寂しくて仕方ありません。

 

イチロー選手がいなければ

間違いなく今のぼくはいませんでした。

 

だから今日はイチロー選手への感謝を込めて

ぼくの野球人生を

いや人生そのものを振り返ろうと思います。

イチロー最後の雄姿

イチロー選手に憧れて本格的に始めた野球

ぼくが野球を本格的に始めたのは小学校4年生の頃でした。

野球にするかサッカーにするか煮え切らずにいたぼくを

野球の虜にしたピッチャーが野茂英雄さん

バッターがイチローさんでした。

お2人の強烈な個性に魅了されたのです。

 

サッカーの三浦知良さんもすごくカッコよかったのですが

決定的だったのが宮城球場で見たイチロー選手のプレーでした。

イチロー選手はイニング間の守備練習で

背面キャッチを披露してくださったんです!

 

結果は落球だったのですが

それでもイタズラっぽく笑うイチロー選手が

信じられないくらいすさまじくカッコよくて!!

 

球場もイチロー選手が落球したのに大盛り上がりなんです!

失敗してもこれだけ観客を喜ばせるイチロー選手の存在感に

ただただシビレました。

 

帰り道で父にせがんで

イチロー選手が印刷された下敷きと

サインが印刷されたボールを買ってもらったのもいい思い出です。

 

イチロー選手のプロフェッショナルなあり方に学びたいという気持ちから

サインボールは今でも仕事机に飾っています。

 

野球の試合はきっと30回くらいは見に行きましたが

グッズを買ったのはこの時のイチロー選手

ただ1回だけです。

 

それだけ、

ぼくにとってイチロー選手は特別な存在でした!

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ぼくの野球人生

ぼくは最初の年は外野

5年生からセカンドと外野

6年生以降はずっとショートを守っていました。

 

俊足の1番バッターとして

フォアボールを獲得して盗塁する

というのが得意パターンでした。

 

隣の小学校では

彼のような選手になりなさい!

と監督から指導されていたと聞いたので

当時の年代ではけっこう上手な選手だったと思います。

 

ですが

中学校ではレギュラーになることができませんでした。

 

ショートのライバルが

キャプテンで3番バッターだったのです。

 

守備は堅実なうえ長打力が高く、

負けん気の強さとキャプテンシーに溢れた素晴らしい選手でした。

彼はその後甲子園でも活躍しました。

 

私は守備力と走力は高かったのですが

背は165cmと小さく

ドアスイングが直せなかった打力は並以下で

彼との勝負には完敗でした。

 

いくらやっても試合に出れないので

ふてくされていた時、

彼にぶん殴られたのはいい思い出です。

 

お前より守備が上手なショート

同学年で見たことあんのか!?

腐ってんじゃねえよ!

 

みたいなことを真顔で言われました。

びっくりしたけど、嬉しかった。

 

ただ、このままでは高校でも試合に出られない。

 

そう感じたぼくは

中総体が終わり引退してから

左打ちの練習を始めました。

 

目指したのはもちろん、イチロー選手です。

イチロー選手がいたから

左打ちにしようと思えました。

 

むしろなんで今まで左にしなかったんだろう!!

と思ったくらいでした。

 

それが実って

高校では無事にレギュラーを獲得!

 

大学でも1年生からショートを務め

1番を打っていました。

 

ただ、どちらかというと守備に期待されている選手でした。

 

なのに1年の夏頃に肩を痛めてしまい

その後は送球がままならなくなってしまいました・・。

 

守備力で試合に出ていた自分としては

これ以上無いほどのピンチでした。

 

野球を辞めようかとも思ったのですが、

いや、守れないなら打てるようになればいい

と意識が変わったのです。

 

それで初めて、

バッティングを深く深く探究しました。

 

この時に参考にしたのも

イチロー選手のフォームです。

 

どうやって軸をブラさず

最短距離でボールにコンタクトするか

ひらすらイチロー選手を眺めました。

 

結果、

センター前ならいつでも打てます

と高校時代のイチロー選手が語ったと言われる一言に着眼し

 

フリーバッティングではサードから始めて、

ショート、センター前、セカンド、ファーストと、

1球毎に打つ場所を決めて、

バットコントロールに磨きをかけました。

 

結果、毎シーズンの打率は3割を越え、

打率王、打点王のタイトルも獲得することができました!

 

イチロー選手に憧れ

同じ左打ちになることを志していなければ

ぼくの野球人生はもっともっと手前で終わっていたと思います。

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野球がもたらしてくれたご縁

野球はたくさんの喜びや葛藤をくれ

ひとつひとつが自己成長を促してくれました。

 

それだけには留まらず

小中高大と全ての学生時代

社会人になってからの2チームの

合計6チームで出会った指導者や仲間は

何物にも代えがたい財産です。

 

まず小学校時代の監督。

監督は当時では珍しいほど

選手の自主性を重んじてくださる方で

対等に議論をさせてくれました。

 

例えばショートの守備では

三遊間のゴロを

なぜ逆シングルで取りに行ってはだめなのか

「正面で取れ」はおかしいのではないか

メジャーのショートはは逆シングルじゃないか!

 

と意見を持ち出すと、

様々な場面ごとにベターと思われる案を一緒に考えてくれ

ギリギリの瞬間の判断はお前に任せると一任してくれました。

 

普通の監督だったらノックバットで小突かれるか

試合で使ってもらえなかったと思います笑

 

監督は今でも

ぼくの中でカッコイイ男性の筆頭です。

 

高校の野球部の仲間は

今でも仕事でつながっていて、

ぼくが苦手な分野は積極的に相談させてもらっています。

 

大学時代は

一目ぼれした後輩の女の子を部のマネージャーに勧誘し

念願叶って付き合えることになり

そこから7年間付き合って結婚に至りました!

 

同期や後輩は今でも飲み仲間です。

 

社会人になってからは

岡山という全くご縁が無い場所に配属されましたが

野球を通じて居場所ができました。

 

おじさん年代が多いチームだったこともあり

社会人になりたてのぼくをすごく可愛がってくれました。

おかげで毎週寂しい思いをすることがありませんでした。

 

WBC韓国戦の決勝は

同期と2人でこっそり営業を抜け出し

(きっと上司は分かってたと思うけど)

一緒にイチロー選手の決勝タイムリーで絶叫しました。

 

どのご縁も

野球をしていなかったら存在していませんでした。

ありがとうイチロー

きっとイチロー選手に憧れて野球を始め

色々な経験や出会いに恵まれた人って

日本だけではなく

世界中にたくさんいるんだろうな。

 

試合が終わって

東京ドームに響くイチローコールを聴いていたら

イチロー選手がどれだけスペシャルなプレイヤーだったのかがよく分かりました。

 

積み上げた数字もさることながら

イチロー選手が与えた影響力の凄まじさには

ただただ畏敬の念が湧いてくるばかりです。

 

大谷選手も野球の常識をぶち壊すほどの大活躍で本当にスゴイけれど

やっぱりぼくのヒーローは、イチロー選手だけ!

 

古畑任三郎で俳優をしていたイチローさんも

うっとりするくらいカッコよかったなあ。

 

これから始まるスピーチも

きっとビックリするくらいカッコいいんだろうなあ。

 

そもそも東京での開幕戦が花道って

どれだけ持っているのか・・!

 

23:15分になっても残り続けるファン。

そうだよね。

今日はタクシー代が数万円かかったとしても

生でイチロー選手のスピーチを聴いてから帰りたいよね。

 

ああ、寂しいなあ。

やっぱり涙が止まらないなあ。

もっともっとイチローのハツラツとしたプレーを見たかったなあ。

明日の朝は、きっと目が腫れて仕方ないだろうなあ。

 

会見始まった・・・!

プロ28年間って、ぼくの人生と数年しか変わらない。

 

ここまでやってきたのに

人より頑張ってきたことはないって言えるのか・・・。

あくまでも秤は自分の中にあると。

 

少しづつの積み重ねでしか、自分を超えて行けない。

一気に高みを目指すと、今の自分とギャップがありすぎて、進めない。

 

ある時は後退しかしない時期もある。

でも自分が信じて決めたことをやっていく。

間違ったことをしてしまう時もあるけど

遠回りすることでしか自分自身と出会えない。

 

目標が見つかれば壁に向き合うことができる。

 

難しいかもしれないけれど

言葉にして表現することは

目標に近づく1つの方法。

 

Image

 

会見を聴いていると、

イチロー選手は最後までイチロー選手なんだなあという感じがしました。

 

この人に憧れて、野球をして、人生を生きて来て、本当に良かったです。

そんな背番号51の存在を、ぼくはずっと忘れずにいようと思います。

 

ありがとう、イチロー。

あなたに出会い野球をしたことは、ぼくの人生の財産です。

 

感謝を込めて。

相内 洋輔

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