3月の夕焼け空は壊れたリモコン
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ハンドルを握りながらふと空を見上げると、

まだ空は明るく、オレンジ色と水色がキレイに調和していた。

時計は17時半を指している。

 

この時間でも明るいなんて、

ずいぶん春が近づいて来たなぁ。

 

そう思った直後、

ぼくは強烈に後悔した。

 

どうして運転中に気がついてしまったんだろう……。

 

様々な想いが押し寄せ、視界がかすんだ。

車を走らせることができそうになかった。

路肩に車を寄せた。

 

壊れたリモコンがコントロール不可能なように、

3月の夕焼け空は、ぼくの記憶を勝手に開く。

 

君のことを思い出さずにはいられなくなる。

 

君と初めて出会ったのは、もう20年くらい前のこと。

ぼくが15歳くらいの時だったと思う。

ユーモアたっぷりで優しい君だったから、

君のことを悪く言う人には、

これまで一度も出会ったことがない。

 

同性からも異性からもさぞモテたことだろう!

人懐っこく笑う顔がステキで、

ぼくを含め、仲間はみんな君のことが好きだった。

 

君と最後に面と向かって会話をしたのは、

もう1213年近く前かもしれない。

何を話したかは覚えていないけれど、

やっぱり君はニコニコしながらバカをやって、

みんなを思いっきり楽しませてくれていたことは、

今でも鮮明に覚えている。

 

最後に君の家を訪ねたのは9年前。

その時も君は変わらずニコニコしていたけれど、

ぼくは何を話したらいいかよく分からなくて……、

たまたま流れていた楽天イーグルスの試合を眺めながら

「あ、打った」とか、「今のは惜しかった」とか、

当たり障りの無いことだけを君の家族に向けて呟いた。

14時くらいだっただろうか。

まだ日の高い時間にしてはやけに部屋の中が暗くて、

白と黒ばかりが目立った。

 

君と別れてからだいぶ時間が経ったから、

最近は君がちゃんと存在したという証拠も、

だんだん曖昧になってきている気がする。

 

でも、ぼくが今、

ワークショップデザイナーとして働いているのは、

間違いなく、君のおかげなんだ。

ぼくは君がくれたこの毎日にとても感謝してる。

 

ただ一つだけ残念なのは、

君がもういないってこと。

 

何とかならなかったのか。

 

違う選択は無かったのか。

 

もうすぐ9回目の311日が来る今日も、

考えたって仕方のないことを未だに考えてしまう。

 

東日本大震災が起こった2011年の、4月末頃だったと思う。

落ち着きを取り戻しつつあった仙台駅前の喫茶店で、

ぼくは、君とご家族が津波の犠牲になったかもしれないってことを、

不意に知らされた。

 

西日に照らされたペデストリアンデッキがやけに綺麗で、

報せの内容とはあまりに対照的だったことを、よく覚えている。

 

今思えば、あれだけの大災害だったのだから、

ほんの一ヵ月程度で、

被害の全容が解明されるわけがなかったんだよね。

 

家族や知人はみんな無事だったと、

すっかり油断しきっていたタイミングだったから、

もちろん心の準備なんてできていなくって、本当にショックだった。

 

東日本大震災の意味が、がらっと変わった。

 

それから1年後、

ぼくは勤めていたリクルートを辞めて、

復興支援をしている公益財団法人で働くことを決めた。

 

元々職場でうまくいってなくて、

違う道を模索していたという背景もある。

 

でもそれ以上に、お金を稼ぐためだけに自分の命を使う価値はあるか?

という問いが、頭から離れなくなっていた。

 

最終的には、

そんな小さなことのために命を使っていて、

いいわけがないと思ったんだ。

 

非営利セクターへの転職には不安もあったし、

実際に働き始めてからは、

正直、想像していた以上に大変なことがたくさんあったけれど、

ぼくは本当に、この道を選んで良かったよ。

 

財団に入ったばかりのぼくは、

被災された方々の心情、

被災された方を支える方々の覚悟や矜持、

復興の状況や構想、様々な制度など、

知らないことが多すぎたし、

営業で培ったビジネススキルはほとんど役に立たなかった。

 

人としてのあり方も未熟だったから、空回りの連続。

 

罵声を浴びせられたことも、

無力感にさいなまれ、

同僚や仲間と泣きながらお酒を酌み交したことも、

一度や二度じゃない。

 

心が折れそうになった日は、何度もあった。

 

でも、そんな時ほど、

君の存在がぼくを力づけてくれた。

 

君に胸を張って

「ぼくは精一杯生きている!」

と言えるだろうか?

 

そう自分に問いかけると、

いつだって

「まだまだやれる!」

と思えたよ。

 

おかげで財団での5年間は、

じっくり自分自身と向き合うことができた。

 

理解しやすい文章を書く力や、

情報をフレームワークで処理するスキル、

見やすいパワーポイントのつくり方、

新規事業の立ち上げ、

相手の存在を認めるコミュニケーションとの出会いなどなど、

この期間で手にした能力や経験は数え切れない。

 

たくさんの恩師や仲間にも恵まれ、

ぼくの人生は、

以前とは比べられないほど豊かになった。

 

君という存在を失っていなかったら、

甘ったれで意気地なしだった当時のぼくには、

環境を変えて前に進むことも、

苦境に立ち向かって自分を磨くことも、

きっと選択できなかったと思う。

 

だから今ぼくがここに立っているのは、

大げさじゃなくって、全部、君のおかげだと思ってる。

 

9年もの間、ぼくのことを引き上げてくれて、本当にありがとう。

ずっとずっと、そう伝えたいと思ってここまで来たよ。

 

今年はコロナウィルスの影響で追悼式典が中止になってしまい、

とても寂しく感じているけれど、

テレビの代わりに空を見上げながら、

君とご家族が安らかであることを祈ろうと思う。

 

よければこの記事を読んでくださったあなたも、

ほんの少しでいいから、

東北のために祈ってくれたら嬉しい。

 

そして、

自分の命を使ってどう生きていたいか、

ぜひ、思いを巡らせてもらえたらと思う。

 

たくさんの感謝を込めて。

 

相内洋輔

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