センス・オブ・ワンダー
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場作り屋の相内です!

仙台を拠点にワークショップの企画運営や

ファシリテーション、コーチングなど

人が前進するための場作りを行っています!

 

ぼくは本に溢れた家で育ちました。

今でも年間に100冊ほど本を読むのが習慣です。

 

そんなぼくが

子育て中の全ての親に届けたい本があります。

『センス・オブ・ワンダー』という本です。

 

読了後はきっと肩の力が抜けて

子どもの探究心に寄り添ったり

コミュニケーションを楽しめるようになると思います。

 

また、こうした親に育てられた子どもは

一生を豊かに過ごすための土台となる感性を

しっかりと身に付けて大人になれると思うからです。

 

センス・オブ・ワンダーとは

『センス・オブ・ワンダー』は

アメリカのベストセラー作家で海洋学者でもあったレイチェル・カーソンが

Point

子どもたちへの一番大切な贈りものは

すべての子どもたちが生まれながらに持っているセンス・オブ・ワンダー

(美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見張る感性)を育み続けること

というメッセージを込めて書き上げたエッセイです。

癌との闘病中に書き上げた遺稿でもあります。

 

そのためページ数は少ないのですが

彼女が幼い甥っ子のロジャーと探検した

メーン州の豊かな森

美しい海での自然体験が細かな筆致で描かれています。

 

その情景やロジャーの興奮する様子が

ありありと浮かんでくるような詩的な文章表現と

彩り豊かな自然の写真だけでも

十分に読み手を満足させてくれる1冊です!

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センス・オブ・ワンダーとの出会い

ぼくがセンス・オブ・ワンダーに出会ったのは

今から10数年前、大学1年生の終わり頃でした。

 

ぼくは当時キャンプの運営に身も心も捧げていて

大学4年間は毎年、

山形県の蔵王連峰でサマーキャンプ運営をしていました。

 

3泊4日のキャンプには

東北全域と首都圏から400人ほどの

小・中学生が集まってきます。

 

そのうち1日は必ず野外活動を通じて自然を味わう

というのがキャンプのお決まりでした。

 

この野外活動は

大学生スタッフが7~8コースほどを用意し

参加者に好きなコースを選んでもらうのですが

ぼくは毎年、コースの企画を練るのに相当苦労していました。

 

なぜなら、

  • 参加者が自然の素晴らしさを感じるには圧倒的な体験を提供するしかない
  • 運営者は専門知識やスキルを持っていなければ参加者を楽しませられない

と思いこんでいたからです。

 

例えば、

壮大な滝を手が届くほどの距離で見上げる迫力満点のツアーを用意したり

 

「このフンはキツネだね!キツネのフンと、タヌキのフンの違いって知ってる?」

偶然の出会いを即興で解説できたり、といったような具合です。

 

ただ、いくら美しい蔵王の山々であっても

そこへ行くだけで

「自然はなんて素敵で偉大なんだ!」

と感じられる場所は限られています。

 

急に天気が崩れ、

せっかくの絶景が霧で何も見えない

ということも普通に起こります。

 

プロではない自分たちが習得できる知識やスキルもたかがしれていました。

 

それでほとほと困っていた時に

「野外活動を引率する大人には必見の書だよ!」

と恩師にすすめられ、

藁にもすがるような思いでこの本を手に取ったんです。

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センス・オブ・ワンダーが教えてくれた価値観

始めは、

こんなにページ数の少ない本に学びがあるのだろうか

と半信半疑でした。

 

ですが読み始めてすぐ、

この本は自分とは全く違う価値観から語られていることに気づきました。

 

それが、

自然を味わうのに特別な仕掛けや知識は必要ない

というレイチェルの主張です。

レイチェルは甥っ子のロジャーと

嵐の日も、おだやかな日も、夜でも昼でも探検に出かけます。

それは何も自然のことを知らないロジャーに

自然の知識を与えるためではなく、

また、度肝を抜かれるような特別な自然を見せるためでもありませんでした。

 

ただただ、

一緒に楽しむためだけに、

自然を感じるためだけに出かけるのです!

 

海岸線に浮かぶ月をじっと眺めたり

雨の後の森のにおいを体いっぱいに吸い込んだり

生き物たちが奏でる音楽にじーっと耳を傾けたり。

 

そしてその美しさや神秘さに対して、

「すごいね!」「綺麗だね!」「不思議だね!」

と小さな甥っ子と語り合う。

 

そうしたレイチェルの寄り添いに呼応し

着実に自然への愛を深め

教えられてもいない知識を次々に得ていくロジャーの様子は衝撃的でした。

 

自然を満喫してもらうために大切なことは

知識や、スキルや、場所ではないのかもしれない。

 

ぼくはこれまでの思い込みが消えてなくなったと共に

すーっと肩の力が抜けました。

 

そして、

まずは参加者と一緒に自然を楽しんでみよう!

という意欲が湧いてきているのを感じました。

発見に目を輝かせる参加者たち!

ぼくは次のキャンプで

野外活動の内容をがらっと変えました。

 

雄大な自然体験を提供するという方針から

身近な自然をじっくり観察するという方針への大転換です。

 

運営者はちょっとしたコツを伝えることと

参加者の感動に寄り添うことだけに徹しました。

 

すると、どうでしょう。

 

ほんの少しの自然がある場所なら実施できる内容であったにも関わらず

参加者の様子が前年とはまったく違いました!

 

広大な自然の中から見つけた自分だけの発見に心を躍らせ

目をキラキラ輝かせている参加者がどれほど多いことか!

 

ひとりとりの発見や感動に寄り添ったことは

運営しているスタッフにとっても驚きの効果がありました。

 

参加者との垣根をまるで感じなかったんです。

運営者、参加者という別の立ち位置から存在し合うのではなく

自然の豊かさ、美しさ、神秘さを伝え合うパートナーになれたと感じられた時間でした。

これまでにはない大きな手ごたえが残りました!

子育て中の親におすすめする理由

レイチェルは

Point

「知る」ことは

「感じる」ことの半分も重要ではない

と説いています。

 

このメッセージは自然の味わい方だけでなく

子どもが生きる世界のすべてに当てはまる金言です!

 

わたしは、子どもにとってもどのようにして子どもを教育すべきか頭を悩ませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この趣旨をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものに触れた時の感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけ出した知識は、しっかりと身に着きます。

センス・オブ・ワンダーより引用

 

ぼくもそうでしたが、

多くの親が、どんなことにでも

「なんで?なんで?」と聞いてくる子どもに対して

私が正しい知識を伝えなければこの子は伸びない

と思いこんでいませんか?

 

子どもは親ができること・知っていること以上には伸びない

 

親が間違ったことを教えてしまったり

何も答えられなかったら子どもは伸びない

とプレッシャーに感じたりはしていませんか?

 

本当は決してそうではないのに!

 

幼いロジャーは

誰が教えたわけでもありませんが、

いつの間にか動植物の名前や特徴を覚えて

レイチェルを驚かせました。

 

人は自分が「すごい!」「もっと知りたい!

と感じたことは納得するまで探究します。

 

それが子どもであるか、

大人であるかは関係ありません。

 

大切なのは、

そうできるような環境を整えることです!

質問が尽きない我が家の娘

我が家には3歳の娘がいますが

毎日毎日「なんで?」の連続です。

 

一説によると、

人は2歳~5歳の間に

30,000回~50,000回も

「なんで?」と聞くのだそうです!

 

なんで空はあおいの?

なんで葉っぱはみどりなの?

なんで川のお水はつめたいの?

なんで車ははやいの?

なんで魚はおよぐのがうまいの?

火はなんであついの?

水族館で夢中の娘

まるで『リトル・マーメイド』の主人公アリエルが

陸の世界を想像するのに似て

娘の疑問も尽きることを知りません。

 

ぼくはこうした娘の質問に対して

ぼくが知っていることを

ひとつひとつ丁寧に教えてあげよう

と思っていました。

 

娘が好奇心や探究心に富み、

しっかりとした知識や教養を身に付け、

豊かな人生を送れるように育って欲しいと思えばこそです!

 

でも3歳児ですから

いくら説明しても理解できないこともあります。

 

そのうえ、

どんな専門知識を知っていれば答えられるのだ・・・?

と面くらってしまうほどの難問も日常茶飯事です。

 

回答に納得のいかない娘が

不機嫌になってしまうこともしばしばでした。

 

そうした様子を見るたび

ぼくも言葉に詰まってしまい、

お互いにもどかしい気持ちを感じていたんです。

 

そしてプレッシャーにも感じていました。

どうしたら彼女の良き親としていれらるのだろうかと。

 

そんな時に思い出したのが

『センス・オブ・ワンダー』に込められたメッセージでした。

変化した娘との接し方

センス・オブ・ワンダーのメッセージを思い出してから

ぼくと娘の間には、

これまでになかったコミュニケーションが生まれました。

 

娘はつい何日か前に、

初めて生きているトカゲを見つけました。

 

またトカゲに会いたい!

娘はすっかり新しい生き物に夢中でした。

 

そこでぼくたちは、

トカゲを発見した空き地へ出かけましたが

トカゲは何分経っても見つかりませんでした。

 

ギラギラした日差しが降り注ぐ

真夏の昼下がりのことでした。

トカゲを探す娘

 

いつものように、娘が聞いてきます。

「トカゲいないねぇ~。なんでいないのぉ~~??」

 

(こんなに暑かったらなあ・・・)

と喉元まで声が出かかったのですが

ここで講釈しではいけないと急に感じ

娘に聞き返してみることにしました。

 

「なんでだと思う?」

 

「えっとぉ、あついから、おうちで寝んねしてるっ!」

 

娘の中には、

しっかり自分の考えがありました。

 

「そうかー、今は暑いからトカゲがいないと思ってるんだねー!」

 

「うん、だから、すずしくなったらまたこよう!?きっといると思うんだ~!」

そう言った娘は誇らしそうでした。

 

暑いからトカゲはいない!

涼しくなったら出てくる!

 

これが正しいかどうかは

どっちでもいいと思うんです。

大切なのは、自分で感じ、考えてみたということ。

 

もし涼しくなった時間にトカゲを見つけられたら!

仮説を立て、実際に検証してみて

それが見事当たるという成功体験に昇華されます。

そうなれば心は踊り、

脳内からは一気に快感が溢れ出て、

更に探究の意欲が増すでしょうね!

 

もし見つけられなくても、

なんで涼しいのにトカゲはいなんだろう?

という新しい疑問が生まれることが想像できます。

そこから、

次は朝に行ってみよう!

という新たな検証が生まれるかもしれませんし、

もう少し大きくなれば、

自分でトカゲの生態を調べてみることも考えられます。

 

こうやって得た知識や、

その知識を得るまでに味わった感情やプロセスは確実に血肉となるでしょう、

他の事象に対しての応用力にもつながると思いませんか。

 

ぼくが一言教えていたり

ぼくの意見を押し付けてしまっていたら

こうしたプロセスは丸ごと無くなってしまい

娘の探究心を削いでしまっていたかもしれません。

近所のトカゲ

結びに

「青いお空にすいこまれるみたいだねーーーーーーーー!」

好奇心旺盛な娘

高台にある公園のブランコを漕いでいた娘が

嬉々として発した一言です。

 

我が家の誰も、

こうした詩的な表現や感覚は教えていません。

 

でも、もう彼女の中には、

世界を感じ、表現する言葉や感性がちゃんと存在しています。

 

こうしたシーンに出会うたび「感じる」ことがいかに重要で

「知る」ことよりよっぽど何倍も価値があるのかを

娘から学ばせてもらっている毎日です。

 

レイチェルは、

子どもたちの感性を育み続けるうえで重要なことは

Point
子どもと一緒に発見し 感動を分かち合ってくれる大人の存在

だと説いています。

 

生まれつきそなわっている子どもの、「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。

センス・オブ・ワンダーより引用

 

 

『センス・オブ・ワンダー』を読まれた方が

ぜひそのお一人に加わることを願っています。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

人生を自分らしく!

相内 洋輔

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