命があるのは当たり前じゃないから 家に留まる勇気を。
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「オレ今日、ゼッタイ熱あるわ」

 

「あー、顔色悪いもんね?」

 

ぼくは屋外の喫煙所で

偶然一緒になった学生たちの会話を聞き、耳を疑った。

 

同時に強烈な怒りがこみ上げてきた。

 

なぜコロナウィルスに関する報道や要請が飛び交うこの状況で

発熱を自覚しながら外出することができるのか。

 

なぜ発熱を自覚していることを

悪びれもせず人に伝えることができるのか。

 

なぜその話しを聞いた友人らしき人物たちは

「帰れ!」と告げないのか。

 

全くひとつも理解ができなかった。

 

ましてや今日は、

志村けんさんがお亡くなりになった、

非常にセンシティブな1日だったと言うのに。

 

ここ仙台では、

駅前の居酒屋を利用していた2名が新たにコロナウィルスに感染し、

しきりに報道されているタイミングだったと言うのに。

 

この状況で、

体調の悪さを自覚しながら外出をすることは、テロと同じだ。

 

私たちは、

自分の身を守ること、

自分の大切な人を守ること、

そして誰かにとっての大切な人を守ることを、

もっと真剣にやらなければならない。

 

だからぼくは今日、この文章を書く。

 

いや、何としても書かねばと思った。

 

こう書き始めると、

ぼくはいかにも正義感に溢れ、

品行方正な人物であるように思われるかもしれないが、

何を隠そう、そんな立派な人物では全くない。

むしろ真逆だ。

 

例えばぼくの学生時代は、

まさしく人生の夏休み状態だった。

 

5日、早朝から深夜までバイトをし、

空き時間で飲みに行く、カラオケをする、

ビリヤード場に入り浸るなどなど、

本当に好き勝手に過ごした。

 

特に前期の講義では、

夏のイベントを優先しテストには行かない!

 という選択を取り続けたため、

1年目の前期は7単位、

2年目の前期は4単位しか取得できないなど、

散々な学業状態だった。

 

ようやく卒業要件を満たすことができたのは、

大学4年生の後期。

 

卒業旅行中の河口湖でゼミの先生から電話がかかってきて 

「おまえ良かったな! 2単位だけ要件を上回ったから、ちゃんと卒業できるぞ!」

と教えていただいた。

 

「おめでとう! 本当に卒業旅行になったね()

 友人がほっとした表情を浮かべていたことをよく覚えている。

 

そんなぼくだったから、

もしこのタイミングで大学生をやっていたとしたら、

 「コロナなんて踊ればへっちゃらですよ!」

と放言していたと思う。

 

「オレと濃厚接触しない? ()」などと、

女の子に軽口を叩いていただろうことも容易に想像ができる。

 

「ちょっとアンタ。こういう時くらいバイトに行ったり、

飲みに行ったりするのは止めなさい!」

と制止する母に、

 

「うるせえな。じゃあ誰がお金くれんの?

バイト行かなかったらお金なくなるじゃん?

飲みに行かなかったら友達との貴重な時間が無くなるじゃん?」

 

などと言い捨てて、家を後にしただろうとも思う。

 

 

じゃあ今はどうなんだ?

少しはマシな人間になったのか?

と聞かれると、

 

つい先週だって繁華街の居酒屋で2度も外食をしたし、

今だからこそ肺を大切にすべきと分かっていながらも

タバコを辞めることができていない自分がいる。

 

何度考えても、

他人様に偉そうなことを言える身ではない。

 

ただこんなぼくも、

大学を卒業してから10数年の月日が流れ、

世の中は共同体として成り立っているということ、

ひとりの身勝手な振る舞いが、

時として大きな損失を生むことを、よく知った。

 

そしてそれが、まさに今この時だ。

 

我々は今、

コロナウィルスの猛威によって、

家族の誰かが、あるいは知人の誰かが、

ほんの数週間の後に命を落としたとしても、

全くおかしくない状況に直面している。

 

ぼくはその事実を、素直に、怖いなと感じている。

 

「家のドアを一歩出たら、家族の笑顔が溢れるこの部屋に、

みんながまた戻って来られる保証はどこにもない」

 

東日本大震災は、ぼくに、命の重さを教えてくれた。

 

命があり続けるのは、

当たり前のことじゃない。

 

だからぼくは、

家族と末永く一緒に過ごすことができたら

本当に嬉しいなと思っている。

 

そのため、ぼくの家族や、

共にこの世界で暮らす方々の大切な人たちを奪う可能性があるコロナウィルスが、

誰かの軽率な行動によって蔓延してしまうリスクを、とても許容できない。

 

この状況に不適切だと思われる映像、

例えばパチンコ屋に並ぶ大人の列などを目にすると、

本当に怒りがこみ上げてくる。

他にやることがあるだろう?

 

先日、ぼくが愛する楽天イーグルスが、当面の活動休止を表明した。

 

今年こそは2013年以来のリーグ制覇を成し遂げ、

日本一に手が届くのではないか!

 

と期待していたので、

これほど開幕を楽しみにしていたシーズンはかつてない。

 

だから開幕が見通せないこの状況を、とても悔しく感じる。

これは嘘偽りのない気持ちだ。

 

でもそれ以上に、

楽天イーグルスの毅然とした姿勢に、感謝と敬意の念が湧いてきている。

 

震災を経験した東北の球団として、

命の大切さを優先してくれたことが嬉しかった。

 

プロ野球が無事に開幕を迎えた時、

活動を休止した影響がありありと出て、

負け越しが続いたとしても、ぼくは絶対に応援を止めない。

 

むしろ球団と選手を誇りに思う。

 

なぜなら、

何かの拍子に感染の拡大が起こってしまってからでは遅いからだ。

 その点において、楽天イーグルスの意思決定は素晴らしかったと思う。

 

冒頭の学生の件については、

会場の管理者に報告をしたところ、

迅速に事実確認を行ったうえで、

一刻も早く帰宅するよう指示をしてくれた。

 

並行して、

彼らが利用したと思われる場所のアルコール消毒も実施してくれた。

 

リスクの大きさを感じ取り、

出来る限りの対処を迅速に行ってくれた管理者の責任感には、

本当に感謝の気持ちで一杯だ。

 

一方、熱っぽさを訴えていた学生の彼には、

きっと多少の体調不良でも会場へ来なければならない

彼なりの事情があったのだろう。

 

そう思うと、

告げ口をするような形で機会を奪ってしまい、

申し訳なさを感じている。

 

いっそ彼が極悪人のような面構えだったら気が楽だったのだけれど、

見るからに気さくで親しみやすそうな表情をしていたから、なおさらだ。

 

だが、今我々が相対しているコロナウィルスは、人の機会どころか命を奪う。

 

それも、大量にだ。

 

そのリスクが目の前に感じられた時、

ぼくの大切な人を守るために、

これ以外の選択肢は考えられなかった。

 

ごめんね。

先に書いたように、何かあってからでは遅いと思うんだ。

 

今日の体験は、

 もっとコロナウィルスの脅威を発信しなければならない、

そうしなければ日本の被害者が増える一方だと

ぼくに感じさせるには十分だった。

 

だから今日、

コロナウィルスによって亡くなる方が少しでも減ることを意図して

この記事を書き上げた。

 

決して、誰かを悪者にする意図ではないことをご理解いただきたい。

 

ただ正直、

場所や人物が特定されかねない描写をして良いのか、

誰かに迷惑をかけやしないか、

本名を伏せ自分のブログではない場所に書くべきかなど、

色々と思案し、迷った。

 

いや、今も迷っている。

 

でも、包み隠さず書くことが、

遠くまで想いを届ける力になるだろうと思ったから、

最終的にはこうした形となった。

 

先に書いたように、

偉そうなことを言える自分では本当にないけれど、

今こそみんなで力を合わせて、

お互いに命を守るための行動を選択し続けて行きたいと思う。

 

命があるのは当たり前じゃないから。

 

ぼくは当面、夜の繁華街には行かないと決めた。

不要不急の外出も、できる限り控えようと思う。

 

長期戦になるだろうけど、

一緒に乗り越えよう。

 

相内洋輔

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