早く!もっと早く!という呪縛を手放した 蔵王での自己対話
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ワークショップデザイナーの相内です。

 

先日、これから先の10年を考えたくて、ワークショップデザイナーとしての原点「山形蔵王」へ行って来ました。直近で実施していたいくつかのワークショップが個人の理想的な未来を探究する内容だったため、私自身も未来のことを考えておきたくなったのです。

 

ロープウェイに携帯を置き忘れたり、山中で突然携帯の電源が切れ復活しなくなったりとドタバタもしたのですが、「早くしなきゃ」という呪いを自分自身にかけ続けていたことにはたと気づき、とても実り多い時間を過ごすことができました。

ワークショップと出会い、ワークショップに明け暮れた蔵王

私は小1〜大学4年生までの間に、標高1,346mある蔵王の山中で12回の夏を過ごしました。ラボ・パーティーという団体のサマーキャンプでほぼ毎年通っていたのです。

 

蔵王は私にとって道場のような場所で、キャンパーとして年上のお兄さんお姉さんに面倒をみてもらっていた少年期から、キャンプ全体の運営に励んでいた青年期まで、各年代ごとに多彩なリーダー経験を積ませてもらいました。 恋もすればケンカもしたし、先輩や後輩に嫌われたり、一方でとても慕われたり、大成功のプログラムもあれば、大失敗もあって、それらは全部が今に生きています。

 

私がワークショップと出会い、ワークショップを究めることに没頭したのもまた、蔵王でした。初めてワークショップを実施したのは高校2年生の夏。自分が用意したプログラムでキャンパーが喜んでくれたことがすごく嬉しく、あの時に感じた気持ちがワークショップデザイナーとして活動しようと思った原点になっています。

 

キャンプ全体を運営するようになった大学での4年間は、高校生リーダーの研修や、300人のキャンパーと一緒に盛り上がるためのプログラム運営など、常にワークショップのコンテンツを考え実行し続ける日々でした。キャンプの引率をしてくださっていた先生方は歴戦の強者揃いで、ツマラナイプログラムを実施すると露骨に顔をしかめられるわ、ブーイングされるわで……、決して気を抜くことがないできない実践機会に多く恵まれました。ワークショップやイベントの進行中に「ツマラナイ!」と一蹴される経験を何度も積んでいる人って、きっとそういませんよね?(笑)

 

その中でも大ベテランの先生からは「場の空気を読みなさい。そして、準備してきたプログラムを臨機応変に展開しなさい」と指導し続けていただきました。最初は全く体現することができず途方に暮れたのですが、その先生がプログラム中に何を見ているのかを目で追いかけているうち、そういうことか! と理解できた瞬間があったのです。確かに、先生の視線の先では、必ず何かが起こっていたんです。先生の動きをトレースしていなければ気づけなかったことでした。そして起こっているコトに合わせてプログラムを微修正していくと、驚くほどスムーズに場が流れ出すんですね。

 

おかげで場に起こっていることを掴むアンテナが備え付けられましたし、プログラムは参加者に合わせて可変でOK、むしろその方がうまくいくという経験を数多く積ませていただきました。こうした蔵王での経験がなければ、私は今頃、ワークショップには携わっていなかったでしょう。もしくはワークショップをやっていたとしても、自分が進行させたい方向に向けて場を動かそうとする、ヘッポコなワークショップデザイナーになっていただろうと思います。

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早くなければならないという呪縛

今回は、そんな自分にとっての聖地を5年ぶりに訪れ、当時の思い出が漂う山中を歩いてみました。この大好きな空間で、ゆったりとこれから先のことを考えよう。どこかで腰を下ろしたり、寝そべったりしてみるのもいいな。

 

しかし数分後、ゆったりという意図に反して、まるで東京駅を歩いているかのような早足で歩いている自分に気づきましたせっかく久しぶりに来た思い出の場所なのに、どうして先を急ぐ必要があるんだろう? 時間に制限はないし、目的の場所も逃げないし、10分も歩けばすぐに着く距離なのに……。自分でもよく分からずに歩き続けました。

 

しかし、紅葉が過ぎ去り、枯れた葉がギリギリ残っている木々に囲まれた小径を抜けて、開けたゲレンデから吹き上がってくる初冬の荒々しい風が私を吹き抜けて行った途端、

 

(私は何事においても、早く先へ行かなきゃと思い込み過ぎているのかもしれない……) という気持ちがふっと自分の中から湧いてきました。

 

引き当てて考えてみると、独立してからの2年6ヶ月は、「早く安定した収入を得なきゃ」「早く成果を出さなきゃ」「早く終わらせなきゃ」「早く何者かにならなきゃ」と、 頭の中には常に「早く」という単語が溢れ返っていました。

 

いや、正確にはもっともっと前から、私の頭は「早く」という単語に支配されていたのかもしれません。

人生35年間のMy標語は「SPEED IS POWER」一択だった

例えば新卒で入社したリクルート社では「SPEED IS POWER」という標語のもと、素早くPDCAサイクルを回すことを求められていましたし、その後に在籍させていただいたSofrBank社でも同様の価値観が重視されていました。

 

学生時代の1/3を費やしてきた野球でも、「早く」走ること、「早い」ボールを投げること、「早く」捕球後の動作に移ることなど、私が野球選手として追求し続けた能力も早さでした。166cmと小柄な私は、どのスポーツにおいても、スピードこそが力に対抗するための最大の武器だったのです。だから早さがない自分には価値がないと、小学生時代から、大学を卒業し野球を引退するまでずっと思い込み続けてきました。

 

早さは、ここまでの自分にとって、自分の世界を切り開いてくれたすごく大切な価値観だったんです。

意図せずとも遥か遠くまで来ていたという発見

そう気づいた上で、キャンプに通い始めた小学1年生の自分からここまでの歩みを一つひとつ丁寧に思い返してみると、学生時代からは想像もしていなかったほど遠くまで来たなあと感じている自分の存在に気がつきました。

 

小学校1年生の時は、お兄さんたちに手を引かれながら、大きすぎるリュックを背負ってフラフラと歩いた道も、 大学1年生の時には、キャンパーの手を取りながら、トランシーバーを片手に歩く道へと変わっていました。そして35歳になった今は、ワークショップデザイナーとして独立し、年に50回を超える場作りをし、内省を楽しみながら歩く道になりました。

 

同じ小径を歩いていても、時間が経つに連れて、自分自身は大きく変わっている。

 

(小学1年生の自分は、キャンプを運営する大学生コーチになる未来なんて想像することができなかった。キャンプの運営をしていた大学生の自分は、ワークショップデザイナーとして独立し飛び回る未来なんて、ほんの少しも想像することができなかった。ということは、10年、15年という期間の先には、ワークショップデザイナーとして独立した今の自分からは、想像もしていなかった未来が待っているんだろう

 

そうしたら「焦らなくていいかも」と思えて、スッと肩の力が抜けました。時間が経つに連れて自然と成熟していくものに、もっと自分の未来を委ねてみていいかもと。

晴れの日しか認められないパラダイム

また、当日は残念ながら雨で、雨だったらわざわざ山形まで1時間半も車を走らせなくたっていいかなと感じた自分もあったのですが、「晴れていないとダメ」「晴れていないと価値がない」という気持ちが強いこともまた、自分のパラダイムだっと気づかされました。雨の日があるからこそ花が咲き、実がなるのは当たり前のことなのに、こと自分の人生においては、雨を遠ざけよう、失敗を避けようと躍起になっていたように思います。

 

ワークショップはやり直しが効かないので、失敗をしてしまうのはとても怖いことです。時間やお金を使ってまで参加してくださる方々に申し訳ないですし、失敗が続けば私の仕事も減ってしまうでしょう。ですが、失敗から学び飛躍するというプロセスが存在するということもまた、この世界の真理です。そう、私自身「ツマラナイ!」と愛あるブーイングをもらい続けたからこそ、プロのワークショップデザイナーになれたように!

 

だから時には雨宿りをしたり、来た道を戻日々があっても大丈夫。もう少し自分を緩めて日々と向き合ってみてもいいのではないかと、凝り固まっていた自分の思考がほぐれていくのを感じました。

早さへの過度な進行を超えて 新しいOSで歩いてみたいこれからの10年

SPEED IS POWERという標語の本質は、思考と行動の高速化であると考えます。そうすることによって好機を逃さない、あるいは競合に先んじて好機を創造し続けるということです。だから本来は、一日一日の過ごし方や、仕事のスタンスに対して適用すべきもので、人生という大きな単位にまで適用範囲を拡げる必要はなかったんだろうと思います。

 

もちろんいい面もありました。早さを求めたからこそ、今の自分がいるのは疑いようがありません。しかし人生そのものに過度な早さを求め過ぎてしまうと、どこかに無理が生じます。それは心身の健康かもしれないし、家族との関係かもしれないし、人によっては嘘をついたり、詐欺に手を染めたりしてしまうことかもしれません。私の場合は、もっとやらなきゃ、早く辿り着かなきゃと、ずっと心の中で自分を責め続けていたように思います。だから今回の聖地巡礼では、無意識下で私を縛り、焦らせ、現在の状況に決して満足させず、次へ次へと新しい行動に駆り立て来た「早さへの過度な信仰」に気づくことができ、心がとても軽やかになりました。そして、「人生は早くなくてもOK。雨が降ってもOK」というOSへとアップデートをしてみることによって、これからの毎日にどんな新しいコトが起こるのか、今ちょっぴりワクワクしています。

 

この出来事をFacebookに投稿したら、友人が『天真に任す』という禅語を教えてくれました。曹洞宗の禅僧であった良寛和尚の言葉で、すべてのこだわりを捨て、流れる水や空に浮かぶ雲のように、ただ自然の道理に身を任せようという意味なのだそうです。まさに私が蔵王の山の中で感じた気持ちをピタリと表す言葉で、とても気に入りました。

 

これらの流れから私は、コトに向き合うスタンスはSPEED IS POWER人生に向き合うスタンスは天真に任すとして、この先の10年を歩んでみることを決心しました。そして、再び蔵王の小径を歩く日にはどんな感情が自分の中に湧いてくるのかを楽しみに暮らそうと思っています。どんな結果になるかは分かりませんが、きっと豊かな時間になるだろうという手応えがあります。

 

あなたはこの記事を読んでどんなことをお感じになりましたか? ご自身に引き当てて考えられることが、何かひとつでもあれば幸いです。

 

いまだに私を育ててくれている蔵王の山と、共に過ごした仲間に感謝を込めて。

 

人生を自分らしく!

相内 洋輔

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