ワークショップデザイナーの相内洋輔です。会議やワークショップを進行しているとき、私たちはつい「何が話し合われているか」というロジック(論理)を整理することに必死になってしまいます。発言を構造化し、最短距離で結論へと導く。かつての私も、それが腕の立つファシリテーターだと思っていた時期がありました。
大学生の頃、私はサマーキャンプの運営リーダーとして、毎週のように企画会議の進行役を務めていたんです。当時はオンライン会議などない時代。東北各地から集まる仲間の貴重な時間を無駄にすまいと、「効率的な進行」に心血を注いでいました。
ロジックを積み上げ、議題をさっと消化していく。自分のファシリテーションによって物事がスピーディーに決まっていく感覚には、一種の快感さえありました。しかし、ふと参加者の顔を見ると、そこにはどこか消化不良のような、晴れない表情が浮かんでいることが多々あったのです。
後になって「実はあの時、納得できていなかった」と打ち明けられた時、私は自分の至らなさを痛感しました。私は目に見える「正論」や「進捗」ばかりを追いかけ、参加者一人ひとりが抱える「納得感」や「不安」を置き去りにしていたのです。論理だけで導き出した合意は、見かけは美しくても、人を動かす熱量を持ってはいませんでした。
「論理」という氷山の下に広がる、巨大な「感情」の世界
この手痛い失敗から学んだのは、会議における「論理」とは、いわば氷山の一角に過ぎないということです。海面の上に突き出た「主張」や「理屈」の下には、それを突き動かしている巨大な「感情」の塊が隠れています。
「このプロジェクトを成功させたい」という期待もあれば、「もし失敗したら……」という言葉にならない恐れもあります。私たちは、こうした生の感情を、論理というオブラートに包んで発信しているに過ぎません。だからこそ、表面上の言葉だけを整理しても、本質的な合意には至らないのです。
そこで私が「感情の解像度」を上げるために活用しているのが、心理学者ロバート・プルチックが提唱した「感情の輪」というフレームワークです。彼は人間の複雑な感情を、喜び・信頼・恐れ・驚き・悲しみ・嫌悪・怒り・期待という8つの基本要素に整理しました。

これらを厳密に分析しようと身構える必要はありません。「今の発言の裏には、期待があるのかな? それとも少しの恐れが含まれているのかな?」と、心の中でそっと確認してみるだけでいいのです。相手の心の色彩を想像しようとすることで、ファシリテーターとしての観察眼は劇的に高まります。
言葉の「クセ」をセンサーにして、無意識の願いをキャッチする
では、具体的にどうすれば、目に見えない感情を捉えられるのでしょうか。その大きなヒントは、相手が選ぶ「言葉づかい」の中に隠されています。
人は無意識のうちに、自分の思い込み(アンコンシャス・バイアス)や感情を言葉に乗せています。例えば、「普通はこうですよね」という言葉の裏には、自分の価値観を否定されたくないという「防衛本能」や「嫌悪」が潜んでいるかもしれません。また、「絶対に無理です」という強い拒絶の裏には、過去の失敗による「悲しみ」や、責任を負うことへの「恐れ」が張り付いていることもあります。
ファシリテーターの役割は、単に言葉の内容を要約することではありません。その言葉が選ばれた背景にある「心の揺れ」を敏感にキャッチし、そっと光を当てることです。
「少し、慎重に進めたいというお気持ちがあるのでしょうか?」 「これまでのご経験があるからこそ、この点を大切にされているのですね」
このように、相手の感情を否定せず、ただ「そこにあるもの」として受け取る言葉を添えてみてください。それだけで、参加者は「自分の本当の気持ちを分かってもらえた」と安心し、頑なだった心を対話へと開いてくれるようになります。
「正論」を手放したとき、場に温かな対話が生まれる
どんなに立派な正論を突きつけても、人の心は論破されることを嫌います。論理を盾にして自分の正しさを主張し合う場は、次第に冷え込み、形式的な合意しか生まれません。そんな場所から、新しいアイデアや主体的な行動が生まれることは稀です。
大切なのは、相手がどんな景色を見ながら、どんな気持ちでその言葉を発したのかに寄り添うこと。感情を丁寧に扱うことは、決して甘やかすことではありません。むしろ、感情が受け止められることで、人は自分を守るための武装を解き、建設的な対話のテーブルに戻ってくることができるのです。
感情を扱うことは、特別な技術ではありません。目の前の人が今、どんな色の気持ちでそこに座っているのかを、ほんの少しだけ想像してみること。その小さな優しさが、冷たい会議室を「温かな対話の場」へと変えていきます。
ロジックの力で進めるのではなく、感情の交流によって場を編んでいく。私はそんな「血の通ったファシリテーション」を、これからも大切にしていきたいと考えています。
対話をもっとおもしろく。
相内 洋輔
