全ての原点は「ビーアイ」にあった!? という発見の感動を綴るエッセイ 

ワークショップデザイナーの相内洋輔です。私は仙台市で生まれ育ち、小さい頃、西公園のほとりにあったビーアイ(BE I)という創作表現空間に通っていました。ビーアイは爽やかな高原で、私は放牧されている子牛日常(学校)から離れてのびのび過ごし、自分になるための栄養をもりもり蓄える。こんな比喩がピッタリの場所でした。遠い記憶のため自信がないのですが、確か幼稚園〜小学校4年生くらいまで在籍していたと思います。

つい先日、創業者である関口怜子先生が書かれた、子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語という本をamazonで見つけました。自分が通っていた場所が、どういう風にして運営されていたのか。とても興味が湧きました。

結論から書くと、私のワークショップデザイナーとしての歩みは、ビーアイから始まっていたことを発見しました。青天の霹靂でした。その自覚が、全くなかったのです。

この驚きが新鮮なうちに真空パックしておきたいと思い、今日はエッセイを書きます。

目次

ビーアイとはどんな場所?

まず始めに、ビーアイという空間の輪郭をもう少し詳しくお伝えするために、『子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語』から一節をお借りします。

 ビーアイの意味は、「自分であれ」ということ。「自分になること」、「自分であること」、これは、大人にとってもなかなか難しい問題です。「自分になる」には、いろいろな方法があります。子どもたちは、家で、学校で、社会で、家族や友だちや先生や隣のおじさんやおばさんやお兄さんやお姉さんや、さまざまな人たちの中で育まれ、「自分」になっていきます。ビーアイは、子どもたちが「自分になる」ためのスペースの一つ。ワークショップを通して、「自分になる」ためのさまざまなことがらを体験しています。

 ビーアイは、子どもたちがもっている知識と五感を総動員して、創造し、表現する空間。絵を描いたり、ものをつくったり、作品を眺め合ったり、お料理して食べたり、ジュースをしぼって飲んだり、音楽や誰かの話をきいたり、ゴロゴロ休憩したり、こたつでいっしょにミカンを食べたり、ときには、街や自然の中にもでかけていったり、野山を走ったりします。

子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語

私は、「男子は黒」「女子は赤」のランドセルを選ぶのが当たり前だった1990年代に、「黄色と青のランドセル」を自信満々に選んでしまうメンタルの持ち主だったので、誰かが決めた謎のルールや、古臭い常識などが大のニガテでした。

特に学校は「意味不明」のオンパレード。なぜこんなにも型に嵌めようとするのか、形骸化したルールを押し付けるのか、不思議で不思議で仕方ありませんでした。

行事の際に、皆で声を揃えて「楽しかった、運動会ー!」などと言わされるのも性に合わないのですよね。楽しかったかどうかを、なぜ教師が決める? と思ってしまうのです(笑)

一方、ビーアイの大人たちからは、何かを強制された記憶がありません。極端な話、皆が絵を描いている時間に、ひとり座布団の山で遊んでいてもOKだったのです。やるも自由、やらないも自由というスタンスで関わってくださり、とても嬉しかったことを覚えています。

だから、ビーアイでは、座りたければ座ってもいいし、寝ころがりたければ寝ころがってもいい。何をするのだって自由です。人は生まれたときから自分の意志と気持ちをもっているのですから。とうぜん、気分が乗らないときには「やらない自由」「描かない自由」もあるわけです。

子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語

では無法地帯かと言うとそうではなくて、誰かに迷惑をかけてしまった時などは、ちゃーんと叱られます。自由には責任が伴うということを、しっかりと教わりました。

また、啐啄同時と言いますか、やってみたいスイッチが入った瞬間には、ビーアイ中の資源をフル活用して、全力でサポートしてくれます。あちこちの引き出しから取り出されるアイテム(布切れやボタンなど)は、まるで宝石のように、キラキラ輝いて見えました。

どっしりと構えながらも、柔軟で機敏。そんなプロフェッショナルな大人たちの見守りによって、ビーアイの場づくりは成り立っていました。

驚き① ビーアイは私の感性の起点だった!

話を『子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語』に戻します。なぜ私がこの本をブログに取り上げたいと思ったかと言うと、3つの驚きと出会ったからです。そして、言葉では言い表せないくらい感動しました。順を追って書いてみます。

まず1つめの驚きは、読書の過程で五感の記憶が、鮮明に、かつ瞬時に蘇ってきたことです。

絵の具の鮮やかな発色、持ち寄りご飯の美味しい香り、うさぎにあげた餌の手触り、コンクリートを打ちっぱなした階段のひんやりした空気、みんなの笑い声などなど、当時の記憶がいっせいに飛び出してきて。まるでアルバムを眺めているかのような時間でした。

そして、このような「五感に刻まれた思い出」がたくさん存在しているって、本当に凄いことだと思ったんですね。だって、五感で体験したことの総量と質が、感性になるでしょう?

ビーアイでは子どもたちの成長を木々になぞらえて、

2歳児のクラスを「大地」

3~4歳児は「種」

以降2~3歳ごとに「根」「芽」「樹」「森」と名付けていたのですが、

このコンセプト通りの体験をさせていただいたのだと、改めて気づかされました。

ビーアイに通い始めたのは物心がつく前のことだったので、私自身の感性にどのような影響があったか、普段は殊更に意識することはありません。どちらかと言えば、私の感性は、大学生時代に没頭していたキャンプの運営や演劇、自然体験等によって磨かれてきた自覚があり、こちらばかりに目を向けてきました。

ですがこれは文字通り「磨かれた」のであって、その始まりとなる土壌を豊かに耕してくれたのは、ビーアイだったのではないか。

ビーアイでの体験が根っことなり、木が伸び、花が咲いた。そんな確信めいた気持ちと感謝が、何度も湧いて来ました。

驚き② 私は毎週ワークショップを受講していた!

2つめは、ビーアイでは毎週ワークショップが行われていたという事実への驚きです。恥ずかしながら私は、ビーアイのクラスはワークショップだったという事実を認識できていませんでした。

ですがビーアイでは、月4回の講座を連続のワークショップとして仕立てていたと、同書を通じて30年越しに知りました。本書のタイトルが、『子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語』であるのは、そういう理由からです。

幼少の頃からワークショップに慣れ親しんできたということは、とても嬉しい気づきでした。

なぜなら、これまで私は、大学生以降の自分が積み上げてきた経験値を頼りに、ワークショップや場づくりを行ってきたからです。現在39歳なので、ざっと20年分の経験値です。

でも実際は、10歳前後の年齢から、私は毎週ビーアイでワークショップを味わっていたのですよね。となると、これは30年分の経験値となります。

10年の違いって、背景の厚みが段違いだと思いませんか?

そして幼少期からワークショップの空気感に馴染み、人生の3/4をワークショップとともに過ごしてきた私が、ワークショップデザイナーという仕事を選択するのは、ごく自然な流れだなと思ったのです。

驚き③ 私の場づくりのスタンスがビーアイと一致していた!

そして3つめは、『子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語』に書かれた関口先生のお言葉と、私が場づくりをする際に心がけていることとが、ピタリと符合していたことへの驚きです。

この発見には、一際大きな感情の揺れを味わいました。なぜならどのページをめくっても私が意識していることが書いてあり、これは只事ではないことが起こっている…と感じたからです。ここまで場づくりのスタンスが一致するなんて…、偶然に起こるわけがない…と直感しました。

ハッキリとした記憶は残っていなくても、実はビーアイ製のセンサーが起動し続けていて、無意識のうちに、似た思想哲学をコレクションしてきたのでは!?

「◯◯で身につけた」と自己認知していたことの多くは、実は「ビーアイで身につけた」のでは!?

という想いが脳内を駆け巡りました。

私はこれまで、場づくりのセンスは後天的に身につけたものだと思い込んでいました。なぜなら昔の私はワガママで、声が大きくて、人の話は聞かず、全く協調的では無かったから。場づくりが上手な人とは、対極的な振る舞いをしてきたからです。

そんな自分を変えようと決意し、30歳を過ぎてから、コーチングやコミュニケーションを学びました。たとえば「人を変えようとしない」という関わり方を学び、目から鱗でした。私としては、初めて知る概念だと思っていました。

ですが。

だから、ビーアイでは、座りたければ座ってもいいし、寝ころがりたければ寝ころがってもいい。何をするのだって自由です。人は生まれたときから自分の意志と気持ちをもっているのですから。とうぜん、気分が乗らないときには「やらない自由」「描かない自由」もあるわけです。

子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語

こちらをご覧いただけたら一目瞭然なように、私は小さな頃から、「人を変えようとしない」関わりをよーく知っていたのです…! そして前述したように、その心地よさを、頭の先からつま先まで、自分を通して味わってきました。文字通り、私の原点でした。

ただ、ビーアイを離れてからは、野球や勉強に没頭する過程で別のOSを導入し、リクルートに採用いただくなど、長く競争的なバージョンで人生を過ごして来ました。ビーアイっぽさを手放していた期間のほうが長いのです。

これまでは、「そうした自分に行き詰まりトランスフォームした」という機序で、私のライフストーリーを語ってきました。

でも正確には、「大人になるにつれてビーアイへ回帰している」というストーリーラインだったのかもしれない。いや、こちらを採用したい! と思ったのです。

ダメだったからリニューアルしたというストーリーと、好きだと感じていたものに戻っていくというストーリーとでは、質が全く異なります。前者は自分を否定し続け、後者は自分を尊重する質です。

だから私は、この本と出会い、自分の物語が書き換わり、心の底から感動したのです。

自ら学ぶ面白さに気づき、自立した素敵な大人が増えるために

私は2024年現在、私はワークショップデザイナーとしての活動と並行して、北海道美唄市で子どもの居場所づくり事業に携わっています。

ピターン!と自分にハマるものを見つけて欲しいという思いを込めて「PITAAAN!」と命名した、デジタル技術とのワクワクした出会いをコーディネートする空間です。

この自分から改めてビーアイの場づくりを眺めて見ると、ビーアイという空間のインテグリティの高さに感動を覚えます。掲げている意図と、提供しているプログラム、スタッフの在り方・関わり方がピタリと一致している。これは一筋縄では行きません。

ですが、気負う必要は全くないように感じています。「ビーアイは通過するところ」という節で、関口先生がこんな勇気づけの言葉を残してくださっているからです。

子どもたちのやることに共感できて、子どもが生きていく上で、その子の人生に膨らみをもたせ、楽しみを抱かせ、喜びとなるような、そういう「通過する場所」が日本中にたくさんあるといいというだけの話。そのひとつが、ビーアイなのです。

子どものためのワークショップ 仙台ビーアイ物語

大切なのは、ビーアイをコピーすることではなく、PITAAAN!を通過した若者の人生が豊かになること。

そのためにできることを、ビーアイの中に探り続けたいと思います。自ら学ぶ面白さに気づき、自立した素敵な大人が増えることを意図して。

本当に大きなことを学ばせていただいた読書でしたし、数えきれないくらいのギフトをいただいたビーアイでの体験だったことを再発見でき、とても清々しい気持ちが湧いています。

とりとめのない記事になってしまいましたが、エッセイとはそういうものだろうと言い訳をしつつ、関口先生と、ビーアイで関わってくださった方々への感謝をこめて、今日はここで筆を置かせていただきます。

ビーアイに通えて、本当に良かった!

相内 洋輔

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