重々しい場は嫌いじゃないんです。サクサク盛り上がる場とは違って、自分の全てが試されているようで燃えるから。
先日のダイアローグはまさにそんな空間で、全力でファシリテーションをさせていただきました。
「弱さ」の共有は人と人を繋ぐ
今回ご依頼をいただいたのは、気仙沼市のまちづくり会社colere様。代表の小林さんが常々語っている「人口の限られる気仙沼市では、誰か一人が諦めるだけで大損失。全員のチャレンジを応援できるようにありたい」というスタンスが大好きです。だからこそ、技芸の全てを持って応えたい!
ヒアリングでチームのコンディションを聞かせていただいた際、colereの皆さんは、まだ安心して自分の弱さを開示できていない状態かもしれない、と感じました。「弱さ」は「強さ」の欠如ではない。松岡正剛著『フラジャイル』に書かれたシンプルな一節こそ、colereの皆さんに届けるべきキーメッセージだと直感しました。
弱さを共有し合うこととは、人と人とが出会い直すことだと思います。なぜなら私たちは目の前の人と既に出会っているようでいて、実のところ、ほんの一片どうしでしか触れ合っていないからです。
どうしてこんなことを思うかと言うと、私自身も、強さだけに着目してきた時間がとても長かったからです。弱さを直視できず、共有しあえなかったがために失った人間関係は数知れません。
昔はそれでもいいと思っていました。この人とは合わなかったのだから仕方がないと。でも今は違う考えを持っています。
この広い世界で偶然出会った者どうしが、出来るだけ良好な関係を築きたいと願うのは、とても自然なことだと思うし、そうしたほうが人生が豊かだと思うのです。
問題はその方法が曖昧で、繊細で、移ろいやすいということです。
だから、人と人の心をつなぎ合わせる場はとても貴重だと感じます。たくさんの失敗を重ねてきてしまった自分だからこそ、こうした領域で世の中に貢献できることが嬉しいです。
自分との対話 他者との対話
ダイアローグの当日。気仙沼の内湾はとっても穏やかでした。
私はいつもより少しだけ入念に会場のレイアウトを整えようと思いました。きっと繊細な場になるだろうから、なるべく参加者の視線に余計な情報が入らない装いにしたかったのです。新たなドアを開くために、一人ひとりの心の機微を絶対に取りこぼさない!
ダイアローグでは3つの問いを提示し、それぞれ1時間ずつを使って進行をすることにしました。もう少し時間を切り詰めた手順も考えられたけれど、それぞれが平等に語ることを何より優先しようと思ったからです。
組織には組織なりのテンポ、リズムがあります。この日の出だしは、早朝に流れるピアノジャズのようなスロースピードでした。自分の内側からどんな言葉を取り出すべきか、それぞれがじっくりと思いを巡らせ、吟味していることが感じられました。
自己とのコミュニケーションも、また対話。
ぽつり、ぽつりとでも、これまでには生まれ得なかった対話が繰り広げられてさえいれば、スピードは問題ではありません。
無自覚だった本心との出会い
場の空気を切り裂くのは、いつだって、参加者の正直で誠実な意見表明からです。
この日も例に漏れず、ある参加者のストレートな告白から流れが一変しました。ダイアローグが始まって2時間。この瞬間を逃してはいけないと身が引き締まりました。
グッと熱量の上がった対話にしばし耳を傾けながら、私は別の参加者が前のパートで語った「自己認識」についての一言を思い出していました。
その時には何も感じなかったのに、目の前で行われている対話を土台に振り返ってみると、チクチクするような違和感がありました。
さっきの発言は整合性を欠いているのではないだろうか?
アラートを突き詰めてみると、違和感の正体はこんな疑問でした。嘘を言っている感じではなかったので、自分の気持ちを見失った中での発言だったのかもしれません。どちらにしても、そこを掛け違えたまま話を進めると、まったく的外れな結末になると思いました。
注意深く観察するうち、私の中にある感覚が湧いてきました。確信めいた手応えを感じました。
けれどもし間違っていたら、場の空気は思いっきり冷えるだろうとも思いました。口にすべきか、しないべきか。
少し迷って、数秒の間、夕日に照らされた気仙沼の海をじっと眺めてみました。
(行くしかないだろう。自分の感覚を信じなければ仕事にならない)
そうだよなあ、この結論だよなあと自分に納得しながら、息を深く吸って、
「もしかしたらさっきの話で伝えてくれた感情って、怒りの前に、寂しさがあったんじゃない?」と尋ねてみました。
本人を含め、参加者全員の顔がキョトンとしていました。少し間をおいて「言われてみればそうかもしれないです…」と返事がありました。
この無自覚だった本心との出会いが、ダイアローグのハイライトになりました。
出会い直せば、新たな未来が想起される
傲慢だから怒っているのではない。短気だから怒っているのでもない。
「寂しさ」を怒りとして表現していただけ。だとしたら、とてもピュアだ。
こうした新たな認識が生まれたことで、場の空気はガラリと変わりました。まさに、人と人が出会い直した瞬間でした。
ダイアローグの翌日、参加者の一人から「ワクワクする未来の兆しが見えてきました!」と連絡をいただきました。踊るような躍動感のメッセージを読み、朝から幸せな気持ちになりました。
だから対話って、素敵だよね。
対話をもっとおもしろく。
相内 洋輔
◆ワークショップや研修のご相談は下記から◆
どうぞお気軽にお問い合わせください。
コメント