WORKSHOP LANDの相内洋輔(あいない ようすけ)です。先日、自分の直感を信じるワークショップ運営という記事を書き、使い勝手がよく、参加者の満足度も高い「必中ワーク」について触れました。こうした頼れる相棒の存在は、不確実な要素の多いワークショップにおいては大変に重宝します。
ただ、これからワークショップデザイナーを目指したいという人においては、特定のワークだけを多用していても経験値が増えませんので、注意が必要です。
ここで言う経験値には、2つの種類があります。「新しいワークをデザインする経験値」と、「新しいワークを実践した経験値」です。これらはそれぞれに重要で、継続的に鍛える必要があります。時には慣れ親しんだワークを手放し、積極的に別様を取り入れる姿勢が、中長期的には大きな差を生むのです。
新しいワークをデザインすることで得られる経験値
新しいワークをデザインすることは、ワークショップ運営者にとって醍醐味の1つです。ワークショップではゴールに向けた進行手順が無数に考えられますから、新しいワークと既存のワークを組み合わせながら、ダメそうなパターンは潰し、筋の良さそうなパターンだけを残す作業は、宝探しをしているようでとても面白いのです。
こうした思考の末に、最高だと思える進行手順を発見できた時は、その道筋だけが光り輝いているような気がしてきて、えも言われぬ感動が湧いてきます。
ちなみにロッククライミングや登山では、目的の地点までしっかり登攀できる道を探すことをルートファインディングと言うそうです。『孤高の人』という登山マンガには、かじって半分になったパンを岸壁に見立て、どのルートなら登攀できそうか、そのうち最も適したルートはどれかを語り合うシーンが描かれています。
私にとってのワークショップデザインはまさにこのイメージで、ゴールまでに到達できそうなルートを複数探し、その中からベストを選ぶ感覚です。
さて、このワークショップにおけるルート探し(ワークショップデザイン)ですが、既知のワークの組み合わせだけで済ませてしまうのはとてももったいないと私は常々思っていて、今日お伝えいしたい最重要ポイントになります。
引き続きロッククライミングを例に考えてみると、これから登ろうとする壁の前に立ち、既にデザインされたルートの登攀だけをシミュレーションする人と、あらゆるルートの可能性をシミュレーションをしてみる人とでは、後者の方が圧倒的に成長すると思うのです。
なぜなら、毎回の検討範囲と、検討量に、圧倒的な差が生じるからです。
垂直思考と水平思考
この点を説明するには、垂直思考と水平思考で対比させてみるのがわかりやすいかもしれません。
私は山の専門家ではなく、渓流で釣り歩く程度の山好きなため、憶測の話になってしまうことを前置きしておきますが、たとえば既にデザインされたルートでの登攀をシミュレーションする際は、垂直的な思考が優位になるのではなかろうかと思います。そのルートを辿れば登れるということはもう判明しているので、現在の自分に再現できるのか、今日のコンディションで安全に進めるか等、根拠をロジカルに深めていくことが大切です。
対して、新規ルートでの登攀を念頭にシミュレーションを行う際には、まず水平的な思考が優位になろうかと思います。固定観念や既存の発想に囚われず、物事を多角的に捉え、新しいルート・方法・手順はないかと全方位に想像を広げるわけですね。ここでは当然ダメなルートも見つかりますが、それも良い経験値になります。
最終的な登り方を決めるにあたっては、前述の垂直思考も活用されます。それが未踏のルートであれば、より正確な検討が求められるため、根拠の積み上げに要する思考量は、既存ルートの比ではないでしょう。
つまり、シミュレーションをするという行為は同じであっても、頭を使う範囲や物事との向き合い方、思考する量や深さには、大きな開きがあるのです。
大量のシミュレーションがセンスを養う
ここまで、ロッククライミングをメタファーとして、既存ルートだけを視野に入れてシミュレーションしている人と、新ルートの探索も含めて登攀ルートを検討している人との違いに触れましたが、話をワークショップに戻します。
過去に成功したことがある「既存ワーク」に頼り切っている人がなぜ伸び悩むかと言うと、水平的な思考の割合が少なく、多様な可能性を想像する機会に乏しいため、型にハマったことしかできなくなってしまうためです。
一方、実現できるかはいったん脇に置き、様々なやり方についての思考練習を重ねられる人は、既存ルートの外にある新しい可能性を創造する力が高まり、それが能力の伸長につながります。
また、脳内で大量の失敗と成功を積み重ねることによって、筋の良い道筋を発見するセンスも養われていくのです。センスは知識や経験の集積によって磨かれ、数値化できないものごとの良し悪しを判断してくれます。
このセンスが備わってくれば、ワークショップデザインのスピードが飛躍的に高まりますし、どのようにワークを構成したら良いか鼻が効くようになり、参加者の満足度が高い場づくりを再現性をもって行えるようになります。
新しいワークをデザインすることで得られる経験値
さらに大きな違いを作るのが、実践での経験です。
頭の中での想像から一歩進み、実際に新しいワークを試してみると、ワークショップ運営を改善するための事例が蓄積されます。具体的には「事前に想像していたことと、実際に起こったこと」の差分を知ることができるのです。この差分を知ることが、ワークショップデザインの精度を高める貴重な財産になります。
「事前に想定していた参加者の反応や、ワークにかかる時間、ワークの成果と、実際にやってみた結果が違った」という事象は、ワークショップでは頻繁に起こります。ワークショップの場には変数がたくさん存在するため、全てを事前に想定しきること、予定通りに進めることは、そもそも不可能です。そのため差分が生まれても、過度に思い悩む必要はありません。
ただし、生まれても良い差分と、生まれてはマズイ差分とがあります。前者は圧倒的な上振れ、後者はその逆、圧倒的な下振れです。
そして、下振れが起こってしまった時ほど、一生物の学びを得られるチャンスと言えます。
不調な場づくりからの学びは汎用性が高い
例えばですが、下振れしてしまったワークからは、ワークシートのフォーマットが使いづらかったり、投影資料での説明が不足していた等の運用上のエラーが見つかることもありますし、狙った方向に対話が進まなかったといった設計上のミスが見つかることもあります。
ファシリテーションに自信がなかった、前後のつながりをきちんと理解しきらず、浮き足立って説明してしまったなど、自分の不調が原因だったかもしれません。
参加者のコンディションが悪かった、難易度が参加者にフィットしていなかった(簡単すぎ / 難しすぎ)等の要因も考えられるでしょう。
これらは全て、次の場づくりのヒントとなります。新しいワークを考案して、想定上の参加者の動きと、実際の参加者の動きをよく観察すると、次回以降は差分を縮められる確率が高まるのです。
そして、こうした失敗体験から抽出される教訓はきわめて本質的であることが多く、たくさんの場づくりに転用し得る価値を持っています。
既存のワークと新規のワーク 良いバランスでの運用を
以上が、これからワークショップデザイナーを目指したいという人においては、特定のワークだけを多用していても経験値が増えないと書いた理由でした。
ちなみに私は「既存」のワークが悪いとは少しも思っていないので、この点についてはぜひ誤解なきようお願いいたします。既存のワークは、それぞれが効果的だったからこそ生き残ってきているわけです。実績も馴染みもあるワークですから、うまくハマる時は積極的に活用すべきです。
でも既存のワークだけに頼りっぱなしだと、型を組み合わせればOK、といった発想になってしまいがちで、表面的な場づくりになってしまうこともあります。その状態が続くと、ワークショップデザインが硬直化し、ワークショップの面白さ、奥深さ、重厚さ、躍動感などが失われていきかねませんから、ぜひ定期的にセルフチェックしてみていただきたいのです。
「私はワールドカフェマスターになる! それ以外は扱わない!」と心に決めている場合などを除いて、既存ワーク / 新規ワークのメリデメを理解し、自分にとってちょうど良いバランスで運用するのが吉だと思います。
新しいワークは完成品に仕立てるまでに時間と労力がかかりますし、様々な観点で気を張り巡らせておく必要があるので、避けたい気持ちが生まれることもあるかと思います。ですが、既存のワークだけを実践し続けてしまうと、場づくりの総合力が高まらないので、ぜひ定期的に新ワークの導入にトライしてみて欲しいです。
そしてその方が、ワークショップデザインが楽しくなると思うのです。だって、ワークショップデザインは自由なんですから。
今日はここまで。
対話をもっとおもしろく。
相内 洋輔
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